今年の夏、アメリカで密かにユーチューブ・ヒットとなった“It’s Free Swipe Yo EBT”という曲がある。歌っているのはLAの女性R&Bシンガーのチャプターだが、それまでほぼ無名だったというのに、アップから2日でいきなり3万ヒットを超えたと言うから驚く。

初めてこのビデオを観た時のショックは、なかなかのものだった。

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※ヒット後、タイトルを“It’s Free Swipe Yo EBT”から“EBT”に変更した模様


タイトルの“It’s Free Swipe Yo EBT”とは「EBTカードを使えばタダで買い物できる」の意。曲中、「貴方がやるべきことはファックだけ。そしたら9ヶ月後に大金が手に入るわよ」のフレーズが呪文のように繰り返される。


EBT(Electronic Benefit Transfer)とは生活保護費が振り込まれるデビットカードのことで、「要するに『福祉で暮らす未婚の母』讃歌じゃないの!」と、この曲は多くの見識ある黒人女性の怒りを買った。


EBTカード(ニューヨーク州)


ビデオにはチャプターを筆頭に、数人のフーチーママ(*)が子どもたちを連れてゾロゾロと買い物に出掛けるシーンがある。EBTでジャンクフード三昧だ。果ては「マクドナルドでも使えるのよ」とのたまう。そもそも冒頭シーンは「チャプターのベイビーシャワー」から始まる。ベイビーシャワーとは、出産間近の女性が開くパーティ。チャプターはベイビーシャワー会場で、結婚する気など全くなさそうな浮かれたブラザーたちと、とんでもなくヒワイなダンスを繰り広げる。どの男が赤ん坊の父親なのか定かではない。そんなことはどーでもいいのだ、すでに子持ちでEBTを受け取っている女性がさらに子どもを生むと、その分、受給額が増えるのだから。


「黒人女性はバンバン子どもを産んでは福祉にタカっている」ー これはアメリカでは定石の低所得者非難だが、チャプターはそれに真っ向からチャレンジしているように見える。「とにかく、これが現実なのよ」と。歌詞にはWIC、Section 8など他の低所得者支援策の名も引用され、「これが納税者の収めた税金の行き先です」のアナウンスが挟まれている。

*フーチーママ Hoochie Mama =ゲットーファッションの派手な女性


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先月、ニューヨークで12人の子どもを持つシングルマザーが、ギャングの銃撃戦に巻き込まれて亡くなる事件があった。この件をブログに書くと、読者さんから「一体どうやって12人もの子どもを育てていたのか」という質問があった。その答えが「It’s Free Swipe Yo EBT」だったのだ。


ブログ:子どもを守って射殺された母親と、残された12人の子どもたち


ただし、こういった女性たちを一方的には責められない社会背景が、黒人/ラティーノ社会にはある。(独り身で12人も生むのは、さすがに問題だが)


男性が「結婚したがらない」し、「稼げない」のだ。稼げない理由は、「高校中退で就職不可能」「単に働く気なし」「ヤク中/アル中」「刑務所の中」「行方不明」「死亡」と様々。そんな最小限の養育費すら払えない男は相手にせず、まともな男を見つけろと言っても、ゲットーにはそんな男ばかりで、まともな男の絶対数が足りない。そもそも女性自身も低学歴で就職が難しく、そこに子どもが出来てしまっては、もうお手上げ。あとは福祉街道まっしぐらとなる。そして、そんなライフスタイルを称賛はせずとも「仕方ない」と受け入れる土壌が、ゲットーにはある。


この目眩がするほど直球で豪速球と言うか、ミもフタもないビデオへの反応が知りたく、夫に観せてみた。ハーレム暮しゆえにフーチーママも、EBTマザーも見慣れている夫だが、このビデオはあっけに取られて呆然と見つめ続け、正に「開いた口が塞がらない」状態。見終わった時には「トラウマになっちゃったよ……」とつぶやいた。

これこそチャプターの狙いなのだと思う。黒人自身は見慣れてしまった、しかし実は異常な事態を、黒人社会に改めて突き付けてみたかったのだ。


堂本かおる
New York Black Culture Trivia

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